2008年11月17日

もはや死に体

麻生内閣の支持率が急落 発足2カ月で30%下回る

これの現象は合理的な判断が働いているといえる。
そもそも麻生内閣が誕生した背景は、総選挙を断行することが期待されていたわけである。その文脈では緊急経済対策のプランニングは総選挙にむけた人気とりとして、当然にでてくるものであって、いささか非現実的であったが概ね受けいられるような空気があった。

ところが解散は先延ばしを判断せざるを得ない状況となり、言ってどこかに行ってしまうはずの景気対策と名をうったバラマキを現実にやらなくてはいけなくなってきた。
そもそもがあまり考えておらず、迅速性に偏ったあまり、現実への着地が乱暴すぎた。方法が粗雑であるがゆえに、肝心のお金がいつ有権者の懐にはいるのかわからない状況。そのうえ、所得制限を設けるとか設けないとかまとまりにかける与党を露呈させる有様にうんざり。さらに道路予算の一般財源化については、反対する議員の行動が目立ってきて、バラマキをやりながら改革もしちゃう、って都合のいいイメージがみるみる後退。

その結果の内閣支持率の低下。
これでは福田内閣よりも悪くなることは時間の問題で、なんのために総裁を取り換えたのか意味がない。

麻生さんが漢字の読みを間違えるのは致命的。KYとか言われては、福田以下。
このあたりは小学生の感覚が敏感で、彼らにばかにされる総理大臣は国の恥なので早くとりかえるべきである、というのが私の持論。
小学生くらいが国のトップを軽んじている映像が国外に流れては、いくら国際会議でがんばっても無駄ってもんです。
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2008年11月15日

アメリカの製造力

http://www.afpbb.com/article/economy/2539339/3528344?blog=seesaa

寺島実郎がこうして指摘ししていた。
「最近までアメリカは資本の過剰な流動性に着目した資本主義をやってしまったおかがで、製造業、ものづくりをする力がすっかりなくなってしまった。原子力や航空宇宙産業くらいしかないが、これも日本などの技術が必要で、独立してやっていけるわけではない」彼の目線にもはや自動車業界が入っていないのが気になっていたが、そういうことかと思う。
クリントン時代に雇用の輸出をしてどうするという批判があった。アメリカは外でつくったほうが安いものはどんどん海外に作らせたり、時にはその事業そのものを売却する。
IBMがPC事業を売ってしまったように。
アメリカではもはやホテルで用意している石鹸は国産ではないそうだ。フランスから輸入しているらしい。ほかのことで儲けることができれば、かつては作れた石鹸の技術などはいらない、という原理。
そういえば、私はコンバースのオールスターがアメリカ製でなくなったことに落胆したことがあった。
なんでも、コンバース社が経営危機に陥った時に、製造ラインはすべて東南アジアに移転することを経営建て直しを請け負ったファンドが決めたそうだ。アメリカ製でなくてもコンバースであることに意味があるのか疑問になったので、それ以来、コンバースは買っていない。というか、わざわざアメリカで作っていたころのものをオークションで買っている。

でもこれは他人事でない。
麻生太郎もばらまきもいいが、この国のものづくりを根本的に立て直さなければいけないことに気がついてほしいよ。
ITと金融では経済がおかしくなることは実証されたわけだから。
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2008年11月13日

なかなかよろしい



チャンスって、なんの?
知事にしてからこうだから、上から下までまともな国家観はもてないよな。
東京という天皇がいる場所の意味がわかってないことなのか。
金儲けしか頭にないから、公私混同だから、こういう発言になる。

石原閣下が一蹴しているのがなかなかよかった。
こういうことは一流。
「役人の浅知恵だ。良く言えばばか正直。他人の不幸をチャンスとして喜ぶような表現は日本人の感性になじまない」「東京の地震を期待するなら30年先になるかもしれないんだから、現状から努力して関西の活力を取り戻す努力をしたらいいのではないか」

カンサイってそんなにひどいんですか?

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まだ序の口



まだまだ序の口。

金はどんどん消えてゆく。
どこにいったかと言えば、アメリカ人が消費した。
どんどんもの買って、借金を踏み倒しにきている。
新生銀行なんてアメリカの銀行としてアメリカ政府に救済してもらえばいいじゃん、とか思うけど、これが日本政府が救うので、結果的には日本政府の金がまたアメリカに使われるのか。
日本政府はまた公的資金を投じるのか。
めぐりめぐってあおぞらと一緒に国有化して、一緒にして野村にでも売る?
どうにかしてアメリカから金を取り戻す方法はなんかないのかね
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はしたない財界元総理

マスコミに報復してやろうか=厚労行革懇の会合で−奥田座長

今日の朝のみのもんたの番組で、国家公務員の住宅が豪華すぎて、時代にあわない厚遇ではないかと批判していた。

テレビはもともと面白ければそれでいいので、たたくものがあれば自分のことなど棚に上げて、正義の仮面に変身する。今日のみのの番組を作り、出演していた人間たちがこの国の平均的な暮らしよりもはるかに恵まれていることは想像に難くない。

テレビは特にひどいが、マスコミなどというものはどこかずれている。
正義はなにか、ということはどうでもよいのがかまわんが、欺瞞とか偽善とかそういう人間として守らなければいけないものはどうしてしまうのだろう。
健全ではない素朴な感情が左右しているように見える。

この財界トップの発言ははしたない。
報復、とはあまりに奢った発言である。彼は今、トヨタの経営にどれほどかかわっているか知らないが、少なくともあのような大企業の経営に口をはさむ権限があるのだろうか。
もしそれが可能であるならば、トヨタという会社の意思決定プロセスは個人の恣意的な判断でどうにでもなるような欠陥のあるもなのだろう。

無責任なマスコミと低脳な財界人でこの国が動いている、ってことなのか。

この奥田という人は経営には才能があるのかもしれないが、あきらかに公私混同していて、行政をチェックする立場にはないようだ。
情けないが、財界もこの程度の老人か、金儲けがすべての青年実業家しかいないのだ。
奥田なり御手洗なり、小才が金儲けに辣腕をふるった実績を梃子に、国家経営にまで担ぎ出され、無責任なふるまいにより国としての輝きを失わせた責任は重いし、それだから次世代もろくな奴はのこっていない。
トヨタとキャノンは労働の尊さを貶めた象徴的企業である。
力をもっている人間の公私混同はますますひどくなり、本気で国の誇りを取り戻そうなんて人は死滅するだろう。

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2008年11月12日

退職金で表現の自由を楽しめ

アパとの密接ぶり、次々明らかに=公用車でパーティー、戦闘機搭乗許可−田母神氏

この人、笑いがとまらんだろうな。
懲戒ではなく定年で退職金がでるんだから。そこまで読んでいたかどうかはわからんが、防衛省内での弁明ではなく、国会まででてこれたんだから、老後の保障は退職金以上のものを得ることができただろう。
マスコミも野党も騒ぎすぎ。彼の商品価値を高めるだけ。
論文そのものはクズみたいないもんんで、まったく価値がないといってもいいくらい。村山談話を否定するということより、はるかに上を行ってしまって、満州事変ことはもはや否定どころか忘れ去られている。
意図的にやっているのだろうが、稚拙でまじめに読んでもあきれるだけ。
しかし、あんな論文に賞を与える人がいるってのもなんだな。アパホテルって赤坂見附の駅の近くに大きな看板をだしているのだが、あれから受けていた気持ち悪さよりも、罪が深い会社らしい。
こんなに祭にするような内容でない。
ルーズベルト陰謀説などは日本でも10万人くらいは語れる話だ。
とはいえ、村山談話を政府としてふしゅうすることは確かのようだが、ふしゅう総理は全く他人事。
そもそも麻生さんは村山談話なんてどうでもいいこと。
自民党のなかには麻生以上に村山談話を否定する人はたくさんいるわけだが、ここが自民党らしいといえばらしい。
村山政権は社民党と自民党とさきがけの連立政権であって、あの当時だってはるかに自民党のほうが大きかったのに、与党の地位が欲しくて社民党の総理を担いだ。(さすがに今は公明党の総理は担いでいないが、それは公明党の事情によるものだから、かの党の偉い人が総理大臣やりたいと言えばそうなるかも。)
自分の党が指名選挙によって投票を決めた総理が言っていることを、あとになって否定するとはみっともないが、自民党はそういう政党。だからいいのだ。特定のイデオロギーにつかず、いろんなこと言いながら最後は与党ということでまとまっている。
だから与党とはなにか?ってことが、「なんとなく」決まっていた時代はそれでよかった。今回のことのように、変わりつつ国際情勢のなかで国益が時々刻々変わらざるをえない状況では著しく不適格だと言える。国際情勢において与党かそうでないかは関係ない。
オバマが悪意であれば、このような歴史感覚であることにつけこんで、日本のおかしいところあげながら、中国とさらに接近できる。自民党というか民主党とは日本の政党は交流がないから、いつも民主党の大統領になると外交がおかしくなる。
こんなことだからまともな日米交渉はできないのである。アメリカとの交渉に中国との関係という選択肢の幅をもたすことができない。いつまでたってもアメリカの下で外交をやらなくてはならないのだ。
中国とうまくやることで、アメリカをけん制するとか、ヨーロッパと協調して中国をけん制するとか、多次元でつけこむすきがないような外交をしていないと危険であることは明白だ。
今回のこんな軽薄な騒動も、深層にはアメリカをたよって生きていることの延長線にある。アメリカが冷たくしないなら、どこまででもなにを言ってもいい、というのでは先が思いやられるのである。そもそも独立などはできないのだ。

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2008年11月10日

生活者調査:欲しいもの…「安定した暮らし」急増

生活者調査:欲しいもの…「安定した暮らし」急増

安定した暮らし、とはなんだろう?
そのような暮らしを体験したことがあるのだろうか?
かつてそのようなことがあったので、それに戻りたい、とうのならそれは無理である。
その理由として語られるのがグローバル化である。グローバル化して大競争時代に入ったから、大きな変化のなかに巻き込まれない人はいないのだ。。。。
一度も安定した暮らしを味わったことのない人からすれば、それは想像でしかないのかもしれない。でも経験したことのないことに期待するわけはないから、この層が求めるのは安定なんて生ぬるいことよりも、安全とか健康、金だろう。
安定なんてことを口にしているのは、安定しているから何もしなくてすんだという経験をしたことのある人に違いない。
なにもしないということには、なにも選択しないということも入る。
安定を求めている人が多いというのは、自己の責任において何かしらを選択しないといけなくなったことを物語っているともいえる。
そのような社会になったことを人々は窮屈で疲れると思っていることはこのような調査結果がたくさんでてくるので、想像に難くない、
でも我々が直面している状況は、大胆な選択を迫ってきている。
進んで豊かになる社会が当たり前だった時代は終わったのである。
どうやってみんなで貧しくなりましょうか、という時代に入ったのだ。
ここで取り上げるのは2回目になるが、竹中平蔵は国務大臣になる前にこういった。「平等に貧しくなるか、一握りの力のあるものに強くなってもらって、全体が沈まないようにするか」(引用注:正確でない、まあそんなところですよ)そして後者をとったが、それが失敗し、その間につかんだわずかな果実はアメリカにもっていかれようとしているのだった。
一方の選択が幻想に終わった今、もう一つの選択が残ったのである。

ありがとう平蔵、こんなに問題を単純化してくれてみんな助かっているよ。
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太郎、さすが

【麻生首相ぶら下がり詳報】給付金所得制限「めんどくさいことになりゃせんか?」(10日昼

あまりに面白いからちょっと引用。

 「各市町村の窓口であの人所得がいくらかかるのかわかるか?だから自発的にやってもらうのが、簡単じゃないの?そういった意味でね、もっとうまいやり方があれば考えればいい。あとのこまかい話はオレにきいても分からないから、与党やらなんやらで検討してもらえれば。原則的には迅速公平に貧しいところに、その種の金がいくのが大事なんじゃないの」

だからさ、なにが迅速公平なのか、それを取りまとめるのが総理大臣なのではないのかね?
言い方がおおざっぱなくせに、こうしろ、って言えないから、歯切れの良さでここまできたセールスポイントがぼけてしまう。
バーのほうが安い、って言いきったのと同じスタイルでやればいいのに、それほどの信念がないから、「党やどこかでお任せ」なのだ。
ことは弱者救済に係ることなのに、その肝心なところでこんな「俺にはわかんねえ」的な発言はいかがなものか。

と、まともなことを言っているようでは太郎総理をいただいた意味がない。もっと笑わせてもらいたいな手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)

しかし不思議なのはこの給付金騒動で公明の主張が一向に見えてこない。公明党が「なにがなんでも所得制限を設けて、生活者重視の公明党であることをしめしたい」という姿が見えないのだ。なぜだろう。

この調子では年内どころか年度内は無理。
来年度、6月までにして来年度予算やることになるのではないでしょうか。そうすると道路の金とかいろいろ一緒にやらなくてはならなくなるから、そこで自民とが早々に割れるきっかけになるかも、なんて思う。そのころには農林中金はつぶれているだろうし、石原慎太郎も自発的にやめているかもしれない。あるいは日生がどこかといっしょになっているかもしれない。GMとどっちが先か。オバマが大統領就任したタイミングで次の堰が決壊する可能性が高い現状からすれば、2月はたいへんな月になるだろう。とにかく今年いっぱいはなんとか楽しんで、来年のことは来年考えたほうが、年末とお正月は楽しめそう。


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結局このありさま

これはばらまきですよ、小泉政権では考えられなかったようなばらまきです、なにも心配することはない、紙幣は印刷すればすぐにできてきますから。その結果インフレになるかもしれませんし、日本への投資がこなくなるかもしれない、しかしもう円高は止まりませんから、しばらく。なにもしないより、札でも印刷したほうがいいでしょ
これくらいの発言をしてほしかったな、麻生太郎には。
なんのために総理になったんだ、もっと気前よくぶんまけ。
太郎、男がすたるぞ。

正論をぶっている与謝野なんか入閣させなければよかったのに。
ついでを言えば、
「上場企業の管理職以上、あと国家公務員のキャリア組み、地方公共団体の管理職以上、それと子供のいない世帯はすべて対象、該当して55歳以上の人だけの世帯は例外として対象とする」
なんて事をやればオバマ以上だ。

俺ならできるよ、それくらいと、
涼しい顔でちゃっちゃと問題を片付けてほしかったな。

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2008年11月05日

大統領選予想

世論調査ではオバマがかなり有利だ。5ポイント以上の差をつけているということは、接戦ではあるけども最後に制するのはオバマのように見える。
世論調査は一応の合理的な予想の材料にはなるが、日本の選挙情勢調査とは異なる。人種間、職業間で考え方の違いがはっきりしている場合、サンプリングが大変難しい。1000名が答えたとしても、それが全部白人であれば、白人の意見が代表されるため、実際の投票結果と直結しないのである。ここ2回は世論調査は結果とのギャップを批判されることになっているので、今回もこれをうのみにすることができない。
投票日当日に株価は大いにあげた。これはなにを暗示しているのか。
私はマケインが勝つと予想しているが、これの予想を補強する材料となるように思える。
すでに世界は「新帝国主義」の時代である。これに勝ち抜くためにはどちらを選ぶかということだ。
こんな時代に黒人のリーダーを担ぐことが有利なのか、それだけで予想ができると考える。オバマにニューディールをまたやらせることはしないだろう。ルーズベルトはニューディール政策を実行した時、多くの訴訟をかかえた。公共事業に税金を使うことに反対する人たちがいたのだる。ルーズベルトに幸いしたのは、そのまま戦争に突入したため、国がまとまったせいだ。
おそらくすでにどちらが勝つかは決まっているような気がする。共和党が不利だったのはブッシュが嫌われたためであり、アメリカの伝統的保守層は共和党から離れられない。
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2008年11月01日

2兆円の給付金

雇用統計の数値を見るに、今回の給付金構想の2兆円はやかたを変える必要があると思った。
沖縄、青森、秋田、あたりは0.5倍を割っている。
沖縄はどうかわからないが、秋田あたりは流通がだめらしい。地元の百貨店がなくなって、500名の失業者がでている。
地方には仕事がない。これはずっと続いている。生活の質という面で日本が追い求め来た「東京基準」ではもうもたないのである。
明治以来、日本は近代化するにあたって、東京でやることを地方にも展開することで国民国家をつくりあげ、急速に成長できた。2次大戦という荒廃から今日の繁栄を手にできたのも、いかに地方の独自性を取り除き、中央集権を進めるということが大きな理由だ。
地方が地方として成立する条件を考えずに、ひたすらに優秀な人材を中央に集め、官僚と企業の幹部に育成してきた。その結果として地方に金と仕事がいくという構造。これでうまくいった。
しかし中国とインドと競争しなくてはならなくなった。製造は労働コストを減らすため非正規雇用と外国人を増やしたが、彼らが働く工場は地方にある。
そしてここにきての円高と経済の縮小だ。
2兆円を給付金として世帯にばらまくことが選挙と景気にどのように作用するのかわからないが、こういう中央集権的な発想はもううまくいくまい。
例えば求人倍率の低い自治体に多く配分し、あとは自治体がその地域で望ましいと思う事をやればいい、それが良くても悪くても仕方ない、というのはどうだろうかと思う。
例えば漁村だったら燃料費に使う、農業もハウス栽培やっているところはこれから燃料代がかかるから助かるだろう、シャッター通りに人を呼び戻すためになにかするとか、見えにくくなった明日に希望をもたすことに使うべきだと思う。ただ金を個人が受け取っても明日がわからない今、貯蓄に回すことが常識的な判断だ。生きた金にはならない。
もっといえば、中印と競争していくことが本当に幸せか、金融資本主義でないあたりまえの商売をして生き残る戦略をそのレベルから考えるきっかけではないか。そのための使えば良いと思う。
しかしこの株価の暴落をみて、あらたに参戦してくる個人で株屋の口座開設が倍増しているのを見ると、この国全部が一挙に沈むのもそう遠くないなと思う。金融資産をもつとどういうことになるかの学習が全然なされていない結果だ。
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戦略的に歴史研究をしよう



確信犯は騒ぎになることを狙っているのでこれでは思うつぼ。
この前のなんだ、中山か、彼と同じだ。
トップが言うから取り上げられるので、彼が退職して民間人としてなにを書こうがこんな騒ぎにはならない。知られる事なく、よくある歴史の見方のひとつとして片付けられる。
それがいやだったのか、どうせ退職するならうけを狙いたかったのか、よくわからない。その論文の価値がいかほどなのかは読んでないからわかるはずもないが、歴史の検証として新しい事実を発見することなく既存の主張への支持の表明だけなら価値の前に意味がない。こういうのを国益にあわないという。国益とは国民を裏切るものを斬ることだ、と私は信じているが、なんとも中途半端でまた妄想と言われるのがおちである。

私個人としてはあの戦争が日本の侵略であったことは否定できないという立場。
しかし、その侵略の動機がすべてあきらかにされているかどうかは疑問。
中国が事実と違うことを歴史として主張し、日本との外交を優位にコントロールしようとしていることに疑問の余地はない。2国間の問題としてない中国の戦略はしたたかだ。どっちが正しいですか、どっちが悪いですか、常に中国は第三者、例えばアメリカに発信している。これは蒋介石の時代からずっとそうだ。
この流れを逆転させなくてはならない。戦略的な外交のための歴史研究なのだが、それはこれまでになった発見で一気にそうなるのではなく、こつこつと積み重ねることが必要だ。
語弊を恐れず言うと、今までの研究はどうも真実の固まりにたどり着かないようにコントロールされている。誰かの利益のための、あらかじめ歪められている。この誰かに中国がからんでいる。
防衛庁の中枢なら、旧軍しか知り得ない新たな事実を知っていそうな期待もあるが、この程度とはいささか残念。
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2008年10月31日

金持ちクラブの プラマイゼロむしろマイ

麻生太郎、得意気に経済刺激策と述べる。まるで持てる者が持たざるものに施しをするようであった。私は世帯の所得を考慮しないで、現金かクーポンで渡すというのはどうかと思う。公明党がリードした地域振興券の効果を誰もが認めていなかったのに、また同じやり方かよ、ってことだ。真剣にやるなら、定額ではなく定率減税を復活させた方が理解がしやすい。定率減税の廃止はこの与党がやった実質的な増税だし、1999年の景気対策のための税制改正として導入された俗に言う「恒久的減税3点セット」のうち、「定率減税」だけ廃止し、「法人税減税」と「所得税の累進課税」はそのまま残されている。高速道路や妊婦検診の負担を減らすことが経済刺激になるのかも疑問。高速道路でいえば、田舎の道を休日に旅すれば少しは気が晴れるだろう、ってことか。あれは正月と盆もそうなのだろうか。環境負荷を考えれば、新幹線などの鉄道の料金をさげたほうがいいような気がするが。燃料費があがって苦しい運輸業界にはあまりメリットがないだろう。妊婦にしても、これで助かる人は必ずいるのが、それは妊婦のためなのか?生まれてくる子供のためなのか、はたまた妊婦から票を買うためか。こういうことを思いついたようにやってくるのは、そもそもの少子化対策を真剣にやっていないから簡単に言えてしまうのかもしれない。景気が良くなってきたらもとにもどしますよ、と言っているのと変わらない。
そしてアメとどうじに3年後の消費税の増税まで言い放った。どうして言うんだ、そんなこと?埋蔵金つかって今回2兆円のばらまきしますよ、って言った、そのからくりは増税、プライマイゼロ、むしろマイ、だ。
大胆な行政改革をおこなった後、としているが、そんな能力があるとは思えない。この部分については小沢一郎に分がある。自民党にはできないんです、確かにそうだ、やってないから。自治労かかえている民主党にそんなことができっこない、などと自民党は言うけど、霞ヶ関の連中は戦々恐々としている。
自民党が民主党がやるといっていたことを、先にやってしまった、ってことなんだが、間違ってしまいそうなので、もう一度確認。
両者とも似よってきたのだから、どっちがいいか選挙で決めたいのだが。
違うのは自民党という従来の仕組みのなかでやってもらうのか、民主党がやろうとしているのは仕組み自体を変えるとうことらしいがこっちにやらせてみるか、どっちという総選挙をやればいい。
このまま麻生が居座るとしても、任期までは難しいだろう。公明党はなんとか怒りをおさめている状態だが、いったい誰のおかげで総理になれたと思っているんだ、というのが本音。
いやらしい金持ちが金持ちクラブを仕切るような感覚で、のこのこ秋葉で演説ているのを歯ぎしりする思いで見ている公明いや学会のみなさんは本当に気の毒。
彼はロックフェラーの末端である、日本金持ちクラブのお使いで総理になっている人、と言っても誰も疑わないだろう。カップ麺の値段は知らなくていいんだ、葉巻だろうが水割りだろうが、なんでもいいのだ。見せてもらいたいのは金を超えた価値じゃないかな、金にしばられないレベルの人間が見る理想、そういうのを大きく語ればすこしはかわいげがでる。ホテルは安いよ、って気色ばんだりするより、帝国ホテルがだめならリッツカールトンにする、とか言えば面白いのに。
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2008年10月29日

選挙管理内閣が選挙しないでどうするの

麻生タロはロックフェラーの犬なので、解散するのをやめたらしい。

そして公明党は来年の選挙で大混乱になる。

民主党と自民党で公明党をつぶす陰謀かとまで思えるような展開。

ここで矢野が本当のことを国会でしゃべれば大変なことになるが、それまで矢野の命はあるのだろうか。

オバマが優勢らしいが、この日本の展開を見ていると、波乱があるかもしれないと思う。
共和党が勝つことで、麻生も腹を決めたのかな、とか。
オバマが勝ったら、政権交代の空気が支配的になるから、大統領選の前にやるしか選択しがなかったはずだが、来年になったのはロックフェラーの意向だろうか、とか面白く見てしまう。
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2008年10月28日

原子力でも仕方ないか

90年になるかならないかのころ、広瀬隆の「危険な話」という本がベストセラーになった。新宿の紀伊国屋で「東京に原発を」「ジョンウェインはなぜ死んだか」などの著作は積み上げられていた。私はそこにおいてあった本のほとんどを読んでいた。その当時、ソ連のチェルノブイリ原発事故により、原子力発電所が爆発するととんでもないことになることが一般の人々にも認識されるようになっていた。
私はその一般人とほとんど変わらなかったが、ちょっとだけ広瀬隆にはまった時期が早くて、その分、チェルノブイリの受け止め方は深刻だった。
きっかけは高校の地学の教師がどういう脈絡だったのかは覚えていないが、「ジョン•ウエインはなぜ死んだか」は面白い、と話したのが耳に残った。
おそらく理由は2つあり、ジョン•ウエインの映画をかなり見ていた事と、その授業に全く興味がなく、できなくてもストレスに感じなかった、つまり時間の無駄だと思って授業にでていたのに、その話だけは面白いと感じたので、特別に聞こえた。
書店通いは毎日していたが、今のように文庫や新書が毎月何十冊もでるような状態ではなく、新刊をチェックなどはわりかし簡単にできていた。その中でその広瀬隆の本はすでに表紙は確認していたのだが、手にはとっていなかった。なぜ死んだか、そりゃガンだよ、そういう結論から興味はなかった。
しかしその教師の話し振りから、その数日後に書店で目に入ったその本を手に取ってみることにした。アメリカは原爆実験で被害をだしている、それはハリウッドスターとインディアンがそのために死んでいる。自国を守るためには、そういうことがあっても気にしない国なのだ、という話だった。
面白くなかったら、親父にあげちゃえばいいや、という失敗したときの代替案を心のなかでつぶやいて、新潮文庫で400円くらいのその本を買った。
翌日にはすっかり広瀬の本をもっと読みたくなってしまった。しかし文庫では他にはでていなかった(と思う)
その当時、ドストエフスキーとか他にもいろいろ読まなくてはいけなない本が沢山あって、広瀬は「また機会がれば」という感じになってしまった。
その後、大学に入るまで広瀬は読まなかった。その間、2年くらい。
大学に入ってもだらだらしてる時間が多くなっただけの新入生のころ、「東京に原発を」が文庫になって、集英社(だったと思うが)からでていたのを見つけ、買って読んだ。
そして翌日にはすっかり反原発になった。
そしてその夏、すぐにチェルノブイリ事故が起きた。
その後すぐだったかな、「危険な話」は。
哲学の講師と仲良かったのだが、彼は「出力実験をやるらしい、その日、天皇が日本にいないらしい、かなりやばいよ、オレ、海外言ってようかな」なんて話を覚えている。ちょっと気になりだして、理性を働かせて考えれば、失敗しないものなんてない、いくら考えても想定外のことが起きることは防ぎようがない、スペースシャトルの事故なんかまのあたりにすると、原発だってこれだけ世界のあちこちにできればチェルノブイリみたいになるし、日本での稼働状況も50基に迫ってくれば大規模な事故が起こっても、確率論の範囲である。
「朝生」で原発がテーマになり、動いて話しをする広瀬隆をテレビでみた。なんだかぱっとしなかった。明らかに原発推進派の学者の方がオーラが輝いていた。広瀬には暗い影があった。すると、広瀬は後ろ向きな奴なので原発を反対しちゃう奴なのだ、と揶揄する向きもでてきた。当時ネットがあればどうなっていたのか、とも思う。面白いことになっていたような。
今もあまり変わっていないと思うがこいういう関係

原発反対派は憲法改正反対で首相の靖国参拝反対、沖縄の意見を尊重、海外への自衛隊派遣反対、北方領土問題に関心が薄い、堕胎反対。
原発推進派は憲法改正賛成、靖国参拝に賛成、沖縄は歴史を歪めている、自衛隊は海外で活躍するべき、北方領土は早急に奪還、堕胎に賛成、という具合。

ステレオタイプ化したこの2つのグループがネットで激突、まあ今もどこかでやっているだろうが、どうしたらよいのだろう。

その朝生で、明け方4時ごろになって、西部すすむが「こんな議論はチャイルディッシュだ」とそれまでの議論を切って捨てた。
安全だ、いや安全ではない、これを繰り返していては結論がでないだろ、推進する側はもっと説得力をもった人がでてこないといけないし、反対派は電気を使わない覚悟ができているのか、と。
その通り、もっともである。しかしそれから20年以上になるが、なんの解決にもできていない。むしろ、問題はもっと難しくなってきている。
反対だと思うが、じゃあどうするか、っていう質問に対して答えられない。私は反対も賛成も留保し、享楽的にやっていくか、ストイックに命の安全を優先するか、という問題になってしまうことに、現実感がなかった。世はバブルまっさかりだった。

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2008年10月21日

理解いたしかねます

「朝日新聞のような大人になるな」
これ、日本語なんですかね。
「(大阪知事の自衛隊での発言について)理解いたしかねます」というのはわかる。
件の社説は確かにフェアではないが、「朝日」なのでより過激にパフォーマンスしているという印象。
テレビを意識して、反権力、反権威の姿勢をアピールしている、だけ。
NHKの時も、教育委員会も、その流れ。小泉が「抵抗勢力」と闘っていると見せかけたのと同じだが、やり方が子供じみていて見苦しい。
関西出身の人曰く「ああいうのはうけるんですよ、面白い方がいいから」、だから彼も一生懸命パフォーマンス。あれが彼の権力者としても命脈なのだ。
だから絶えずネタ探ししているんじゃないかねぇ、どうやってテレビにでようかと。禿げ山宮崎知事も頭の構造は同じだが、やりかたが大人しくスマートだ。芸人やっていた時よりも受けているのに、はっきりいって失笑だが。芸人で出世していたら知事にはならなかったわけだから。

しかしこどもじみている。情けないばかりである。朝日は廃業、クビをきれ、とはいっぱいいっぱいの感じ。もっとなんか理性を感じさせるようなものはないのか。ケンカを面白くやられると誰もが一度は振り向くもの。繰り返していると、ああ、あのバカ、またやっているよ、だ。
大阪知事、いや知事たるもの、もう少し余裕というものがあってもいいんじゃないのかね、人をひきつけるオーラがないので、面白いことを言っている秀才を思い出すな、都知事だったら「なんなのかね、コメントする気にもならんね、あんなもんは、狂信的な左翼だかな」って感じだろうね。そういう「金持ち、けんかせず」的な余裕が都知事を3期も続けられるんだろうと思う。
次はない、と予言しておく。

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2008年10月01日

世界恐慌なんですが、国会のみなさん

世界恐慌である。
歴史というのは後の時代に作れるから、ブラックマンデーが突然きたように語られているが、そうではなかった。余った金が破裂して、最後の時が月曜日だった。そこに至るまでには暴落を繰り返したのだった。
まさに今、金融危機と言われている状況と同じことが起こったのだろう。
だから今回の世界恐慌も来年の初め当たりに最後の暴落を、21世紀の世界恐慌のはじまった日と年表に書き込むことになるのかもしれない。
最後の暴落と書いたが、最後というのはもうそれ以上落ちようがないところまで落ちることだ。
だからまだまだ落ちる。
日本の金融機関がもっているアメリカの債券はみんなクズになるだろう。下院で公的資金による金融危機回避は阻止されたことはそれを暗示している。政府は動けない。いや動けない振りをしている。530兆円がわけのわからないことになっているのだ。しかし被害はこれで全部とは言えない。誰も言えない。そんな事態に税金などを突っ込めるか、というのがアメリカの本音に違いない。
テレビで良く言われている。「日本の住専処理のように、早く不安を取り除いて欲しい」
日本の住専が抱えた損失は6.4兆。アメリカの住宅公社債券は2社で530兆が焦げ付いている。そしてそのうちの160兆は海外にあり、日本は農林中金が5兆をもっているのをはじめとして合計23兆円をもっている。
返済能力のないところに融資しておいて、その債権を下取り「安全な債券」にみせかけて販売した連中は間違いなく悪意であろう。しかしなぜこんなことが放置されていたのか。
サブプライム問題というのはそもそも犯罪なのではないのだろうか。
よくわからない。
表面化してから1年で、証券会社の3位と4位が消え、巨大保険会社が政府に助けてもらっている。それは1年は持ちこたえられたがそれ以上はどうにもならなかった、ということなのか。もしそうなら日本の23兆はどうなるのか。
メガバンクか大手生保がなくなっても不思議ではない。これからやってくる事件なのではないかと思う。

と、私ごときものが新聞から仕入れた知識だけで考えているのが妄想であることを願う。
世界恐慌であることに国会も新聞もパニックになっていないのだから。景気対策をしっかりやる補正予算をあげてから解散、などとのんきなことを言っている。補正なんかで乗り切れる事態ではない、そんな小手先ではだめだと思うが。
とにかく未曾有の危機となるやもしれん。今のうちに選挙をやって、公明党が参加しない政権を作っておかないと対応できない。早くしっかりと国会を動かして、行政改革をすすめておかないと取り返しがつかないことになる。事故米や年金改竄にみられるようなことが繰り返されるのはなぜか、そういう連中はクビにならないからだ。
三笠フーズは廃業しても、農水は安泰なのだからこれは不公平。企業は信頼がなくなれば淘汰されるかもしれないが、役所は違う。役人がなにをやっているのかチェックし、不正なものを排除できる仕組みをつくっておけば、つぶれた銀行、保険会社もすこしは成仏できるだろう。

清和会がいない分だけ民主党のほうがまだそういうことをやる可能性はある。
でも民主がつづけば、民主版の清和会が作られるだろうけどね。

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2008年09月29日

身を守るのか、守ってもらうのか

小泉純一郎が議員を引退するとのこと。でも政界は引退しなくて、政治活動はするようだ。後継者として次男が次回総選挙に立つ。その次男というのは、アメリカのシンクタンクに所属して外交問題をやっているらしいが、なろほどと思った。純一郎の陰にはアメリカが控えていることを改めて確信した。
小泉劇場は改革の気分を味あわせることだけで、有権者を引きつけ、詐欺的に政治を動かした。詐欺で言葉が悪ければ、真実を隠した。本当のことを言わなかった。民度が低い有権者はそれを見抜く事ができず、小泉一味の策略に乗り、自らの安全を手放したのである。彼がすすめた「小さな政府」とはそのようなレベルの有権者にとっては自分の身を危なくするだけなのだが、あえてそこに狂信ともいえるような勢いでみなつっこんでいった。
そして今日のこのざまである。
安倍、福田は小泉ほど悪人になれなかった常識人であった。小沢一郎を向こうに回して、このねじれた状況を変えられる力はないなら行き詰まるのは当然である。自民党の延命のために使われて、価値がなくなればはしごをはずされ、有権者が見放せば、あとは自ら飛び降りるのは常識人ならば仕方のないことだ。
福田康夫に総理としての資質が存在したのかなどというのは愚問である。福田が総理になったのではなく、自民党が福田に背負わせただけ。安倍もそうだったけど。森までは自分で総理になるために長く険しい競争を勝ち抜いて派閥の長になった人間たちだったが、小泉からはそれがなく、ただ国民の人気と自分たちの都合で選んでいる。小泉は仕方なく選んだのに、途中から引きづりまわされることになった。そのことを反省したのか、安倍という人間のひ弱さをついて、総理をカゴのなかにいれておくことに自民党と公明党は成功したのである。
民主党を政策よりも政局に党の運営が偏っているという批判があるが、民主以上に政局になっているのは与党である。あんな田舎芝居の出来レースを仕組んで、ご祝儀相場で解散してしまおうなんていうことが彼らの言う「国益」なのか?
公明党が都議選を優先させるために解散を早くしたというのは、もはや国政の場で政権を担う資格がないのだ。支持母体というより親である創価学会の安泰がなにより優先されるのである。仏教の一派の信徒団体の利益が優先される。そのような政党に内閣の命運が左右されるということだけでも、すでに自民党は終わっている。
いや終わっているのは、政府は国民のためにあるという考えであろう。
それは民主党に政権が代わったとしてもなにもいいことはないだろう。さらに立ち往生だ。
小泉がやっていたのは、「官が民のためにできること」を整理しただけのことである。それは、もう官は民を背負えない、守れない、という前提である。一部の人間だけでも生き残らせて、国全体が一挙に没落しないために、手っ取り早くできることをしたのだ。弱者の切り捨てと、責任の放棄である。
没落をなんとか回避できたことは事実である。しかし弱者はさらに弱くなった。
弱くなった弱者はさらに弱い者を叩く。
あるいは過剰な防御反応により、人間味の薄い世の中になる。
アメリカの没落によって、金融資本主義は変貌せざるを得ないだろう。基軸通貨を失った世界は混乱する。
アメリカはもう軍事という最大の公共投資もできないほどになってきている。
パックスアメリカーナの終わりが本当にやってきたのか。

混乱の世界のなかで、自分の身をどうやって守るのか。
一人でやるのか
みんなでやるのか
一人でやれるのか
みんなでやれるほどの信頼はあるのか、横のつながりがもてるのか

あとひと月ほどで投票しなければいけないようだ。
投票行動についての責任は自分の身の安全に直接結びつくといういことを実感する選挙となるだろう、どんな結果になろうとも。
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2008年09月04日

「選挙に勝てる」ヤツがでてきて、そしてどうなるのか

首相がやめたのだから与党は下野して、野党第一党に政権を交代すべきだ、という小沢一郎の言う事はもっともだが、本当に自民党がそうしたところでねじれが解消されるわけではない。混迷は続く。
一番わかりやすいのは次の総選挙で民主党政権ができることでねじれ解消ということである。選挙だけで民主党が与党になるのはさすがに現実的でない。おそらくはとにかく数で第一党をとり、政界を大きく再編してそして民主党政権ができるだろう。
それをさせないためには、なんとしても自民党は自党の当選者を民主党よりも多く確保することが絶対条件だ。民主党を割るには政権交代の期待を打ち砕くことしかない。そうやって
参院民主を取り崩してゆくことだろう。
当然のことながら総選挙で多く当選者をだしたほうが、このどうにもならなねじれを解消するリーダーになるべきだ。
民主党には小沢一郎という清濁をともに飲み干す権力闘争に長けた代表がいる。
それに対峙すべき人物を自民党は総裁として選ぼうとしているが、その人には総選挙の先のねじれの解消までを期待しなくてはならない。
選挙に勝ったのに総裁交代とはならないだろう。
選挙だけ勝って、ねじれを解消できなければなんにもならない。この国はますますさまようだろう。
麻生だか小池だかわからんが、どうみても血みどろの権力闘争を指揮できるとは思えない。小池の狡猾さは時の権力者にどう取り入るかだけで、党を仕切る背景はない。勝ち馬に乗るのはうまいが、自ら勝ち馬としてひっぱってゆく人材とは思えない。麻生に至ってはわかりやすさが人気の理由らしいがどうなのだろう。しかし選挙の負け幅の調整ならと、担ぎ出してくるのだろうか。
別に小沢の方をもつわけではなが、政治とは権力闘争である。それがなんのためなのかが問題なのだが、これが最後の決戦である小沢が死にものぐるいでなにをやるのかは興味がある。無様なくらい必死になって選挙戦を戦うのが見てみたい。
それとくらべると、世論の受けだけを斟酌して登場してくるだろう自民党新総裁には小沢とは対極の匂いがするだろう。なんとか政権を維持してもねじれまでを解消できる腹黒さを感じない。
ねじれを解消しない限りなにもうまくはゆくまい。
大連立は無理にしても、政策協議ができるようになることが総選挙後にはなにがなんでも必要だ。勝敗をはっきりさせることが有権者に求められる。国権の最高機関が正常化するチャンスなのだ。どちらかを中途半端に勝たせるのではなく、どっちかを徹底的にへこませることが最良の道だが、果たしてそれだけの政策を打ち出せるのだろうか。もしなかったら底なしの混乱が待っているように思える。
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2008年04月28日

自由のために闘いだから中国なんぞに負けてたまるか

チベットに対する中国の支配に反対するのなら、誰がどのように中国と闘おうがそれを指示するべきである。
自由を尊び、それを必要とするなら、なぜチベット人民が中国の抑圧の下で苦しまなくてはならないのかを問うこと、それについて抗議することは義務であるからだ。
そうしないのは自由に対する欺瞞的な態度であり、卑怯である。
チベット人民の苦しみを少しでも理解しようとするのなら、あの聖火がなにを燃やしているのかわかるだろう。
あの火はチベットをはじめとする中国の支配下であえぐ人民の命であることを。だからあの火は中国ではなく、自由を求めるすべて人のものである。あんなならずものたちに渡すべきでない。
posted by 遠藤カンジ at 12:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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