2013年07月08日

「安倍」などという映画はできないであろうが



小ブッシュの映画を見ながら、「小泉」とか「安倍」とかをオリバー・ストーンが作らないかねえ、とか思った。
アメリカが無茶苦茶な政治システム、社会システムを持っていても、複雑さのなかからこういう映画がでてくる。
それもどれが本当なのかわからないくらいのレベルででてくる。だからオリバー・ストーンを殺さなくてもすむのだろう。
外国人としては、遠くから伝わってくる間に目ぼしいものしか残らないから、その分わかりやすくなるのは幸運なことなのかもしれない。
しかし、この映画、断片的なエピソードを積み重ねて、核心はほどんどついていない。ゴアを負かした時に、父ブッシュの側近のベーカー元国務長官が動いたこと、イラク戦争は石油利権が本当の目的だったことくらいは明確に語られいるが、それら以外は父からの愛をもとめながらすれ違ってしまう「名家」にありがちなエピソードに過ぎない。
酒クセが悪くカーッとなるとブレーキがきかない兄が、利発で優秀な弟と比べられながらなんとか成功を収めるものの、もっと大きなものに飲み込まれ本当に孤独になってしまう、という物語なのである。意図的なんだろうけど、こういう話。
陰謀好きな人たちからすれば物足りないのだが。

翻ってわが国の総理は総選挙、参院選挙と破竹の勢いである。
アベノミクスは一時的なもので、この国が時間をかけて解決しなければならない財政的な課題にはなんら手当てはできていない。経済的にも抜本的な構造改革ができていないままでは、円安にしても国内の製造拠点がないために恩恵のない企業=国民が増えつつある現状では効果は限定的である。
宿願である憲法改正も「専制国家ではなく民主主義だから」などと寝ぼけているようではままならないだろう。TPPに至っては他人事ではないだろうか。ましては原発のことなど言われるがままなのであろう。
ただ外交では対米で首尾一貫、なのに中韓強硬路線である。
一体このはやめちゃなやり様はなにから由来するのか、本当に謎である。定見をもった賢いリーダーが舵をとっているとは思えない。「正義」をふりかざしながら、周囲の思惑とかコンプレクスなどで漂流してゆくさまはブッシュそっくりである。

ブッシュは孤独なまま、歴史のどこかに放り込まれ、思い出したくもない大統領になった。ベトナムを忘れるための戦争が、あらたなトラウマを刻んでしまったのだから。2兆ドルを超える戦費負担は、国際的なパワーゲームのバランスを狂わせ、リーマンショックを引き起こした。100年に一度の不況は奇跡的に均衡を保っているが、危ういままである。
そのなかで日本の資産がアメリカに組み入れられることに突き進んでいるわけなのだが、安倍氏はいったいどうやって暮らしているんだろうと思うわけである。

posted by 遠藤カンジ at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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