2008年11月27日

少子化はなにが問題なのか

少子化といわれてから久しいがいったになにが問題かがいま一つわかない。経済危機によりさらに厳しい状況になるようにも思えるが、それがなぜいけないのかわからないので、少し整理してみよう。

まずは現在すすんでいる少子化の進行具合についてひどいありさまである。
「厚生労働省が発表する「人口動態統計特殊報告」によると、終戦直後の出産解禁現象により生じた第1次ベビーブームの頃には期間合計特殊出生率は4.5以上の高い値を示したが、1950年代には3を割り、1975年には2を割り込むようになって将来の人口減少が予測されるようになった。
さらに、2004年の合計特殊出生率は1.2888で、2003年の1.2905より低下し過去最低を更新し続け、2005年の期間合計特殊出生率も、1.26となり2004年の水準からさらに低下した。平成大不況で就職難のあおりを受けた世代がちょうど結婚や出産適齢期であったこと、景気が著しく悪く将来の生活に対する不安も大きかったことなどから考えると数字の下降はやむを得なかった面もある。
2006年は団塊ジュニア世代の出産期ピークということもあり、1.32と大幅に回復した。ピークが過ぎた2007年は低下すると思われていたが1.34と更に回復した。しかし出生数そのものは減少しており,今後も持続する傾向にあると予想されている。」

出生率があがっても数が増えないという事態になっている。出生率を少し改善できたとしも、人口そのもの増加にならないというのは救いがないように思える。

この20年ちかく、国は少子化対策をおこなってきている。それと同じ時期に、非正規雇用の割合は増加の一途を辿った。

政府はこの事態をこのようにみている。
少子化の原因と背景
●出生率は晩婚化と未婚率の上昇によるもの。さらに仕事と子育ての両立の負担感と、子供にかかるコストの負担感の増大

これには女性が母親として背負う負担と、家庭として受け止めないといけない負担の二つの側面があると思う。
母親になる女性の立場から言えば、例えば派遣社員と正社員での違いがある。派遣社員には育児休業をほとんどとれないし、取れたとして公的な給付が受けられないなどの不利がある。保育所に預けるにしてもハードルが高い。
さらに家庭として父母の立場で考えれば、自分たちの将来が安定していないのに、子供を持つことに不安を抱くのは当然である。男性の場合、収入と結婚率には明確な正の相関があり、これは子供を産むかどうかの選択にも影響すると考えるのが自然である。
非正規雇用を増やし、生産コストを削減して企業は業績をあげてきた。そのような企業経営を可能にする法整備を行ってきたのも政府であり、大いなる矛盾を感じぜずにはいられない。

少子化対策の基本的スタンス
●ワークライフバランス(仕事と生活の両立)の確立
●子育ての環境整備

しかし、結婚も出産も当事者の自由にゆだねられるべき、男女共同参加型の社会であること、子供が健やかに育つことは守られなければならない。

以上のような方向性をもって国がすすめている具体的な施策をみてゆくことにする。
まず働き方を変えるために、雇用環境の整備を推進している。まず、育児休業をとりやすくするための環境整備として給付金や復帰後の処遇改善、そして子育ての時間を確保しながら仕事を継続でいるような制度の確立、さらに出産・子育てのための退職した人の再就職支援までにおよぶ。
企業ばかりでなく、家庭や地域にも子育てのために適した環境づくりを推進する。母子保健施策の推進、子育てに関する相談窓口の拡充・情報提供体制の整備と家庭教育の支援、子育て等に関する地域交流の活性化、深刻な問題として児童虐待の対応、農山漁村における子育て支援、子供を犯罪から守る環境づくり、児童手当などである。
企業と家庭、地域のほかに、保育サービスの手当も不可欠だ。保育所の数を増やし、サービスの質をたかめることは危急である。
子供の教育という面からみれば、学校教育の在り方や、それを実現するための制度の再検討も含まれるだろう。次世代が自ら豊かなビジョンを創造し、それに向かって努力してゆくべきなのかまでを視野にいれないと長期的な指針とはならない。

ところで少子化はそんなにまずいことなのか。

少子化で困ること言われていることを列挙する。
●消費が減少する 娯楽産業から住宅耐久消費材への消費が減少する
●労働力が不足する
●年金制度が破たんする
●GDPが減少する
●地方が衰退する
●内需が拡大しない
●人口密度が下がると地域の活力が失われる

その反対の意見もある。少子化の影響はでてこないという立場だ。
●労働力不足は個人の生産性の向上、特に女性と高齢者が補うので心配がない。
●年金の問題は、給付制度に問題があるので、賦課方式をどこかで積み立て式にかえればいい。人口構成に影響を受けない方式を考えればいい。高齢者医療の負担が増えることは別問題。
●経済の活力が失われるとは一概に言えない。グローバルに人材を調達している企業にはその心配がない。国内に必要な労働力は外国人を雇用することで補える。土木や工場での労働者は現状でそうなっている。看護士などの感情労働には抵抗があるかもしれないが、それほどの問題ではない。

両論あるのだが、私は結局は縮小均衡するのだろうと思う。困ることはこれまでの規模を保つ、あるいはそのまま成長することを前提にしている。前提を変えれば、少子化を受け入れられる。
企業も政府も一部のエリートが意思決定をしてゆくのだが、彼らには場所に対するこだわりがない。どこにいっても、どこで働いてもいいのだ、待遇が良ければどこでもいい。海外で働いた方がいいと思えばいくわけだし、それによって税金を払わないし、その子供は当然外国に住む。彼らは日本に工場をおく必要がないと思えば、外国に工場を移す。空洞化とよばれる現象だが、この延長線にこそ少子化がはらむ本当の問題があると思う。
経済は縮小均衡したとしても、われわれの生活圏は大きく様変わりするだろう。外国人がたくさんいるということではなく、人とのつながりには温かみがなくなるだろう。すべてコンビニとファミレス化してゆく。善意と自発性に満ちた商店街の代わりに、役割とマニュアルで動くそのような店しかなくなる。人間関係のきずながあるような社会関係を維持する知恵や工夫がなくてすむような社会である。お祭に象徴的な古い形の地域のコミュニティではない、なんでも役割とマニュアルが支配する人間関係のみとなる。
それでも人間関係のきずなをもった地域社会を作るにはどうすればいいのか。
年金の問題などの経済的などは数値化しやすいがゆえに、人の関心をひきやすい。人々はばらばらなので、共通に認識できる数値を問題視して、善し悪しを考える。数値化できないものは見えにくくなる。
仕事や消費を通じての自己実現というこれまでの生活の軸としていては、これからの社会では生活世界の充実は望めない。どのような生活空間になるかということを一人一人が想像できないと、やはり企業の論理を中心にしたこれまでの政策が踏襲され、そこから導かれる数値にとらわれた考え方しかできなくなる。
豊かさと自由は両立しない。豊かになると、自由が大事、貧しくなると自由よりも相互の扶助に傾くというが、この難しい課題を克服していかなくてはならない時期だということを自覚しなくては、少子化がなかなか解決できないことの息苦しさを解消できないのではないかと考える。


posted by 遠藤カンジ at 12:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
現在、子供が欲しくてもできない人は10人に1人。
不妊病院は、パンク状態。体外受精にかかる費用は
1回約50万。確率30%。
何度も何度も、体外受精を繰り返している人は大勢います。
しかし体外受精を受けたくても、政府が援助してくれる額は
年2回、10万×2の小額。保険の適用な無し。
泣きながら諦める人がどのくらいいるかわかって欲しい。

結婚年齢が高齢化しているから不妊になるという考えもありますが
現代の人は、確実に子供ができにくくなってきています。
ただ、不妊の人はやはり世間体を考えて強くでれない。
それもわかってほしいです


Posted by hunin at 2009年06月03日 20:16
少子化には大きなジレンマがある。
それは、高齢社会にある。
「長寿」とは、人類が求め続け理想としてきた幸いの
象徴であるが、それが自然界での摂理に当てはまるか
というと、そうではなく矛盾やネジレを生んでしまう
のではないかと思う。
老老介護などがよい例で、平均寿命が80歳を越えてくると子供が老いていられない生活を強いられる。
平均寿命が90歳を越えると、生態系のバランスを壊す事となるであろう。
この問題は、人口爆発と同等の問題であり崩壊する地球の引き金にもなりかねない。
医学は、あらゆる病魔を根絶することを理想に掲げ、
邁進する学問ではあるが、根絶に近づけば近づくほど
老老老扶養の世界になり、社会の循環を梗塞させてしまいはしないか。
少子化の原因の一つに、コストの重圧があげられが、
老人への扶養やコスト・食料・介護人材等にかなりの
物が失われ、健全さを欠いてしまうように思う。
健全な子孫循環とは、健康な若々しい肉体の男女が、
自然のままに子孫を持とうとする精神から生れるのではないか。
矛盾を生むが、ある程度、高齢長寿主義を是正する方向へシフトしないと日本などの医療先進国は、崩壊するのではないか?懸念される。

日本における 妥当な人口とは、現状の1億2千万人
なのか?という疑問だが、同じような面積の先進国は
みな5千万人〜7千万人である。
日本が人口を増やしていかなければならないという
不安は、労働力減少などの問題以外は、見当たらない
団塊層の死亡してゆく20年後の人口ピラミッドを想像すると、いちご世代層が50〜60代を向かえ、高齢者への福祉コストも激減し、相続する資産で潤い、都市への一極集中が是正できれば、各々広い居住スペースを確保でき、少子化は過去の産物となるように思う。
減り続けている現在の子供たちには豊かでバランスの取れた社会が用意されているのかもしれない。
※ 環境問題を抜きにすれば。

日本を憂うのであれば、それまでに先駆なる私たちが
散財をせずに、後世の子孫に富を残し 速やかにリレーすることを心がける事である。
Posted by とっつぁん at 2009年06月03日 21:21
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